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2012年 02月 04日
あらすじ: 弱小家電メーカー、木村電器に勤務する小林、太田、長井の3人は間近に迫るロボット博での企業広告を目的に、二足歩行のロボット開発に奔走していた。しかし、発表直前の1週間前にロボットが大破してしまう。慌てた3人はとっさの判断で、一人暮らしの頑固老人・鈴木(五十嵐信次郎)をロボットの中に入れて出場したところ、鈴木の奇妙な動きが絶賛され……。 超おススメ! これは、なんというか、ホントーに映画の勝利だ。観ずに死ねるか。いや違う。観ずに死ぬな。 この映画をチョイスした配偶者威張る威張る。 いや、シャオもつまらない映画だとは思っていなかった。矢口監督と言えば、スウィング・ガールズやハッピー・フライトに代表される、娯楽作品の名手だ。が。 前の二作は、言ってしまえば「ハッピーエンドが約束されている」映画だった。ビッグバンド編成の女子高生がライブをすること、パイロットが安全に航空機を飛行させること。これで娯楽作品を作ろうとすれば、そら(紆余曲折はあるにしろ)、最後は落ち着くところへ落ち着くことは予想できた。観客は、素直に主人公に感情移入し、そして、「主人公は、はたしてこの場面をどのように乗り切るか?」ということだけに集中できた。 しかし今回は。最初から「主人公側が嘘をついている」という大きなハンデを背負っている。ロボットコンテストに間に合わせるために、本物の人間をロボットの中に入れる、という無茶苦茶なハンデである。つまり、ハッピーエンドが約束されているわけではない。というより、「世の中それをやったらアカンやろ」という行動を、おそらく出演者全員が犯している。観客は最初戸惑う。誰の主観で見ればいい? 素直に謝ればいいものを、ロボットだと嘘をついている3人組か? 嘘と知りつつ中に入っていって我儘放題を要求する老人か? 傍から見ればマジキチに見えるロボットオタクの女子大生か? おそらく、どの登場人物に対しても、観客は感情移入できない。 それでいて、主人公はもとより、出演者全員に悪意がない。全員が、それぞれの立場で事態を収束させようとしつつ―それでいて止まらない嘘の連鎖。その中に散りばめられた、ささやかな、しかし巧妙な伏線がゆっくりと収斂し、拡散し、また収斂する。 緊張と緩和は物語づくりの基本だ。が、その基本をここまで忠実に描き出す力。観客は、誰にも感情移入できないまま、いわば不安定なストーリーに翻弄される。 そして迎える最後の一幕。判りやすすぎる伏線で、誰もが想像していたエンドを見事に裏切り―最後、極上のエンドシーンで幕を閉じる。 いやもう。なんというか。 本当にこれは。 映画の勝利だ。 2012年 02月 02日
シャオさんが最近,会社でイライラしているというのは,つまりこういうことだ。
☆ 津波で人助けをし犠牲となった女性が道徳の教材に…物議醸す というニュースを見て,ちょっとイラっとしたのはシャオだけではなかろう。 いや,これは美談なんだ。身を挺して多くの命を救った彼女には,どれほどの賞賛が浴びせられても不足ということはないだろう。昔の世の中なら勲一等は間違いない。死んでから勲章もないもんだとは思うが,公務員叩きが常態化している世の中でも,彼女の行為だけは文句をつけるわけには行かないだろう。 が。それを国という組織が,「美談」として活用しちゃいけんだろうと。 この場合,国が考える必要があることは,「第二の彼女を出さないためにどうすればいいか」ということなのである。ネットで「MP3でタイマーかけて逃げればよかったんじゃね?」的な書き込みもあるが,地方公務員,とりわけ田舎の町役場の予算のなさがどれぐらいなものなのか知ってるのかと聞きたい。シャオが知ってるある町役場などは,入るときに外気を思い切り吸っておくのがコツだった。中に入ると便所の下水の匂いが充満してるときがあって吐きそうになるのである。 つまり,国という組織があるとすれば、道徳の教科書を刷る予算があれば,それを回して全国の町役場に自動放送機能をつけるべき,或いはそうしようと思考すべきなのであって,彼女を偉人に祭り上げることじゃないのではないか?と思う訳だ。 現場には現場の仕事がある。そして現場の人間は「与えられた機材や権限の範囲で仕事を効率的にする」のがその役目だ。ないものはないし,できないことはできない。そこを割り切りつつ,与えられたオーダーをこなす知恵と勇気が求められる。 そして,管理の仕事は,その逆だ。管理の仕事は「現場が運用できるだけの機材や権限を最小限に付与する」ということに特化している。この「最小限」というのが肝心な点。 実は、管理部門が楽をしようと思えば、一番簡単なのは現場に全機材・全権限を与えることだ。いわゆる「丸投げ」。が,楽をするためならどんな労苦も厭わないシャオですらそれをしないのは,物的にも人的にも、資源(リソース)に限りがあるからなのだ。 極端な話,現場がひとつしかない,という組織では管理部門は必要ない。そこでは現場がそのまま管理部門を兼ねる。 とはいえ,今日びちょっとした組織なら複数の「現場」を持ってるのが当たり前で,そしてそれらに対して無限にリソースを割く訳にはいかない。有限である以上,現場に渡せるものは限られていく。 しかも,管理部門が100資源を持ってるから,2つの現場に50ずつあげられるか,というのもまた別。管理がそんな短視眼でどうする。現場は自分の相手に対するリスク管理だけ考えておけばいいが,管理部門は,全体に対するリスクも考えておかなければならない。いざ何かあったときに,手元にある予備兵力があるのとないのじゃ180度対応が違ってくる。 あと,人情として現場は「いったん渡された機材を戻せといっても戻さない」。いやそらそうだろ。現場は現場で戦っているのである。シャオとて,実際に現場で切ったはったをしてる時に「お前のところはちょっと余裕がありそうだから資材を戻せ」と言われたら,のらりくらりと返答を引き伸ばして要請自体を無効化する。いや,戻して負けたら俺の責任だもんよ。 かくして,管理と現場のバトルは続く。これはまぁ,永遠のテーマで,どっちが正しいというわけにはならない。シャオも,今は管理部門にいるから現場には資源を勘案して投入しているが,逆に現場の小隊長だったら吊るし上げてる。それはまあ,管理部門にいる以上仕方ないのだが。 が。 管理の仕事をするのに現場の頭でやるのは間違ってる,とは言いたい。 どうも最近は「現場主義」というのが間違って見聞されてる気がしてしょうがない。管理職というのは「書類の上にありありと現場を再現できる人」であって,「現場の人間の側に立って管理する」というのは落第点なのである。ましてや,「現場の忠誠心(モラール)の高さ」を当てにして管理計画を立てるというのが,どれだけ無茶なことなのか。 ひとつ実話を。ある年の自衛隊の中央幕僚会議で幕僚長がこう言ったことがある。 「このあいだ視察に行って来た〇〇方面隊は,遊撃戦の研究をしようとしている。 ついては,中央部でも遊撃戦の研究をしようと思うがどうだろうか」 遊撃戦,というのはつまりゲリラ戦である。そしてゲリラ戦というのは,正面からぶつかっても勝てそうにない相手に対してしかける戦術の一つだ。 「冗談じゃありません。〇〇方面隊が遊撃戦の研究をしようとするのは理解できます。彼らにそれだけの戦力はない。しかし,中央がそれを肯んじてどうしますか。〇〇方面隊が遊撃戦でしか敵に対処できないというのであれば,中央は,そんな戦をやらないように資機材や人員を整備することに尽力すべきです」 そう発言したものの,彼はその次の人事異動で退職したそうである。 ☆ シャオさんが最近,会社でイライラしているというのは,つまりこういうことだ。 < 前のページ次のページ >
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