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2008年 11月 21日
「会(かい)」の状態のときに無心なんてウソだ。 左腕に弓を持ち、右腕で弦を張りつめ、頬にジュラルミンの矢の感触を感じながらあたしは思う。 少なくとも、あたしは無心になれない。当てたいという気持、当たらなかったらどうしようという不安。そんな気持の他にも、些細なこと…例えば、今日のお昼ご飯のお弁当のおかずはなんだろうとか、リーダーの予習を手を抜いちゃったとか、それから、もちろん、些細ではない「彼」のこと…。 ただ、張り詰めた姿勢で矢を保っていると、そんな感情がだんだんフラットになってくる。そして、一つ一つの別個の感情が、溶けていくように一つの「何か」になっていく。それはまるで、「自分」という存在と28m先にある的しかこの地球上に存在しなくなるような感触で・・・あたしはその感触が嫌いではなかった。 離れた。 その瞬間、矢は真っ直ぐに的にめがけて・・と言いたいけれど、非力なあたしに合わせてある弱い弓では、薄い放物線を描いて的に向かう。少し遅れて、的に矢が突き刺り、的紙が裂ける音が聞こえた。的中だ。 一息ついて、顔を正面にもどし、前にある鏡で自分の姿勢を確認する。まるで大の字を描いているような姿勢。少し右手が下がっているのはあたしの悪い癖だ。矢を放つときにどうしても肩が落ちてしまう。 そのまま弓を倒したところで、入り口近くで立っている人影に気がついた。呑気に缶コーヒーなんか飲まないでよね。11月とはいえ、ふきっさらしの道場、それも朝練なんてのは寒いんだから。 「道場では飲食厳禁よ。弥生君」 「落合ちゃんみたいなこというなよ。もう寒いんだし、こぼしたりしないから」 薄く笑って、髪をかきあげながら道場に上がってくる。学生ズボンの上にジャージという珍妙としか言いようのない格好だけど、それはあたしだってご同様だ。制服のスカートの上にジャージ、おまけに胸当てまでつけているんだから。 確かに、落合君がいたら大目玉だろう。男子正選手5人の中で、唯一中学校時代から体育会系のクラブに所属していた彼は、ことのほか規則・礼儀ということにかけてはうるさい…というより、弥生君がいいかげんすぎるのだ。 「あたしの分は?」 「ハイハイ。これで共同正犯だぜ」 左手でもう一つのコーヒーを差し出してにやりと笑う。あたしは射位から離れて、一端弓を置く。弽(ゆがけ)を外して黙って受け取ると、プルトップを引き抜いた。少しぬるくなったコーヒーでも、暖かいものが駆け抜けていく。身体にも…そして心にも。 外でウォーミングアップは済ませていたのだろう。弥生君は左手に弓、右手に矢を四本持って、まっすぐに射位に向かう。座位は省略するつもりか、上半身を前に倒し、四本の矢を道場の床に置く。その中から一本を選び、立ったまま弓を起こし、矢をつがえる。 弥生君の顔が的に向く。そのまま弓をゆっくりと打ち起こし、大三(だいさん)の形をとると、一気に引き分けた。 さすがにこの時ばかりは、弥生君の目の色が変わり、ぴん、とした雰囲気が道場に伝わる。 相変わらずだなぁ。 あたしはコーヒーを飲みながら、斜め後ろから彼の射形を見つめる。弥生君の射形は上手い方じゃない…というより、はっきり言って下手な部類に入る。特に引き分け。本来、引き分けの場合は下半身は不動、上半身は直立というのが原則なのに、彼の場合は、まるで的に突っ込んでいくように斜めにかしいでいる。それは無心とは無縁の、普段はまるで見せない彼の闘争心が顕在化するようで…上手い下手は別として、あたしは好きだった。 鋭い音がして…これも彼の欠点だ。本来、離れは自然に、静かに矢を放さなければならない…、矢が弓を離れる。男子の中では弱い弓を使っているとはいえ、さすがにあたしとは違う軌跡とスピードで矢は的の左、5cmの土に突き刺さった。 弓を倒しながら、弥生君は大きな深呼吸をした。的の左(弓を引く人間は、この場所を『後ろ』という)に矢が当たる、というのは決して悪い状態ではない。ゆっくりと二の矢をつがえ、打ち起こし・・・そして放つ。今度は当たった。 なぜこの人なんだろう。 あたしは自問自答する。彼とは中学校3年生の時同じクラスで・・・いわゆる仲良しグループの一員だった。やせぎすの身体。よくよく言えばハンサムと言えるけど、絶対に万人受けはしない顔。成績はトップクラスなくせに足も速くてクラス対抗リレーではアンカーを務め…そうかと思えばバスケやバレーはものすごくヘタクソ。本人曰く、『ルールを守りつつ本気を出すという芸当が出来ない』とか言ってるけど、単にぶきっちょなだけだとあたしは思う。 なぜ、この人じゃないとダメなんだろう。 彼から、いっぱい本を借りた。CDも。同じぐらいあたしの本も貸して、CDも貸した。仲良しグループで、いっぱい色々なところに行った。定期テストの前は勉強会。文系は彼が、理系はあたしがみんなを教える感じだった。夏祭りに花火、校庭で焚き火して焼き芋とか焼いたっけ。勿論クリスマスにはみんなでパーティ。内緒で飲んだワインはちょっぴり苦くて、ふわふわして…いくら飲んでも平静を保ってる彼が不思議だった。 成績はトップクラスだったから、絶対に私立の進学校に行くと思っていた彼は、何故か男女共学のこの高校を選んだ。それはあたしの第一志望と同じ高校で…合格した時はホッとしたものだ。また彼を見続けることが出来ると。 それをあたしの親友がぶち壊した。あたしは見てるだけでよかったのに、無理やり自分と一緒に、彼と同じ部活にあたしを入部させたのだ。自慢じゃないけれどあたしの運動神経は「悪い」ではなく「ない」と同じなので、彼が入ったのが弓道部で本当によかったと思う。陸上部なんかに入られたらとてもじゃないけれど一緒にはいれなかった。 「高井さん?」 ふっと気がつくと、彼はあたしの目の前にいた。ちょっとうろたえる。 「はい。これ。」 差し出されたのは、あたしの矢。さっきまで射ていた矢だ。丁寧に先端が拭かれ、土はひとかけらもついていない。 「あ。ごめん。矢取り、してくれたの?」 「なんか物思いに浸ってるみたいだったから。まあどっちにしろ、こっちも8本射たから、取りに行かなきゃしょうがなかったし」 「ありがとう。ね、お願いがあるんだけど」 あたしは缶コーヒーを置くと、また弽を右手に巻き始める。まだ、1時間目までは少し余裕がある。 「ん?」 「ちょっと、射形見てくれないかな」 「俺でいいのか?」 ちょっと憮然とした顔に、あたしは吹き出しそうになる。 「なに言ってるの。それに、弥生君の射形はともかく教え方は評判いいよ。1年生にも好評らしいじゃない」 それは本当だった。自分の的中数でははるかに劣る弥生君が教えた1年生チームが、模擬戦で1位をとったこともある。弥生君は決して自分の射形を押し付けない。教本どおりのことを、判りやすく丹念に、色々な言葉を使って何度も繰り返し説明する。「教師にするには性格的に無理がありそうだけどな」とは落合君の言だ。 静かに射位に立つ。射形を見てもらうためだから矢は2本しか持たない。一本を床に置き、ゆっくりと弓を構える。矢をつがえ、その矢と、その先にある的を見てまた視線を戻す。 しっかりと的を見すえ、できるだけ柔らかく打ち起こす。矢が水平になっているか確認したくなるのを必死で押さえ…それは今は弥生君が見てくれているはずだ…大三の形を取る。 そのまま、矢を自分にひきつけるように引き分ける。矢が自分の頬に当たったところで静止。ぴんと弦が張り、会の状態に入る。 この状態で「無心」なんてできるわけないよね。 そう思って苦笑する。よりによって好きな人に見られてる最中に冷静でいることができる女の子ってどれぐらいいるんだろう。そう思いながら(心の中で)首を振り、的に集中する。 離れた。 やっぱり、見られていることを意識したせいだろうか。矢は緩い放物線を描いて的の右側に外れた。「前に出る」といわれるそれは、「会」の状態でバランスが崩れていることを示す。特に左手の「押し」が少ない、つまり気迫不足と言われてもしょうがない矢だった。 同じようにもう1回。今度は当たった。けれど、的のギリギリ右側。かつん、と音がしたので、ひょっとすると的枠に当たったのかもしれない。 「んー。」腕組みをしていた彼が口を開いた。 「大三が遠すぎる。もっと身体に近くていいと思う。遠すぎるから、早く引き分けようとして胸が前に出て体のラインが曲がって、お尻が突き出すような格好になってる。あと、判ってると思うけど押しが弱い。高井さんの悪い癖。ちゃんと肩から前に伸ばすようにしないと」 「ん。判った。もう1回やるから見ててくれる?」 さらに二本、矢を持って、さっきのアドバイスを心に留めながら注意して射る。一本めは的の直上へ、そして二本めは的の左端にそれぞれ当たった。 「射形は一本めの方がよかったな。ちゃんと押しが利いてた」 「そう?」 「ん。二本目は離れで当てたようなもんじゃないかな。ま、離れについては高井さんの方が俺より何倍も上手だから、言うことはないんだけど」 ああ。どうしてこんな会話をしてるんだろう。 唐突に私は思う。 中学時代は、「仲間」として話をしていた。高校生になって、同じ部活になって、飛躍的に話すことは多くなった。けれど、それは当たり前だけど部活のことばかりで…距離が近くなった分、もどかしさが募っていく。 自分の矢を取って戻ってくると、弥生君は後片付けをしていた。弓の弦を外し、矢を矢筒の中へ入れる。 「もう上がるの?」 「莫迦。もうすぐ予鈴だぜ。俺は上に学ラン着ればいいけど、そっちは着替えなきゃいけないだろ? そっちの分もやっとくから早く更衣室行ったほうがいいぞ」 「ご配慮ありがと。んじゃ、先に上がるね」 「あいよ。また放課後な」 今はこれでいいんだ。自分でそう言い聞かせる。今は「弓道部の仲間」でいい。 もうそんなに長くは続かない、曖昧な関係。もうすぐあたしたちは高校3年生、受験生になる。そうなればクラブどころじゃないだろう。それまでは、傍にいれること、優しくされること、それをずっと受け止めていこう。 多分何かあったんだろうな。更衣室に向かいながら弓道場を振り返る。基本的にサボり魔の彼が朝練に来るのは、心がものすごく動揺したときだ。普段はおしゃべりなくせに、自分の恋愛についてはまるでトラウマのように口を緘する彼。噂ではちょっとだけ聞いている。聞いていて辛い噂だった。あたしじゃかないっこない、美人で性格がいいあの子の話。今は彼とどんな関係なんだろう。時々、校内で話しているのを見かけることはあるけれど。 あたしじゃダメなのかな。もう何回も繰り返し思う。「仲間」としての彼との会話は心地よくて、そして優しい。あたしでそうなら、あの子にはもっと優しい声で話すのかな。それとも違うのかな。 追いかけても届かないのは判っているけれど。今までの彼からの言葉を思い出す。 色々な優しい言葉をかけてくれた。でもあたしが欲しい言葉はたった一つ。 あなたに、「好き」と言われたい。
by shaonanz
| 2008-11-21 17:43
| 弥生 薫
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Comments(4)
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Sin
at 2008-11-21 21:06
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奥華子さんの新曲を聴いているのですね?
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shaonanz at 2008-11-22 21:33
>Sinさん
そーでーす。昨日はこのストーリーを聞きながら、ほぼ一日中頭の中でこの曲が回ってました(仕事すれ)。この弥生くんは、これからもちまちまと出てくるかもしれませんが、どうぞごひいきに。 なお、完全にフィクションです・・・よ。(笑)
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by
Sin
at 2008-11-23 21:50
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by
shaonanz at 2008-11-24 22:50
>Sinさん
おー。弓道者でしたか。それは失礼しました。いろいろと間違った点(ひそかに直したところではステンレス製の矢なんかないよな? ジュラルミンでした。どこで勘違いしてたんだろう?)もあろうかとお思いでしょうが、広いココロで見ていただければと。 あー弓の重い軽いは、ある程度ならそうなんですが、なんせこちとら高校生で始めて弓を握ったもんで、なんとなく背筋力で引く弓の強さがきまってた気がします(笑)ある程度の熟練者になるとそれも違ってくるんでしょうが。
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