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2010年 01月 13日
さだまさし実父が死去…90歳、多臓器不全 シンガー・ソングライター、さだまさし(57)の実父、佐田雅人(さだ・まさと)さんが昨年12月10日に多臓器不全のため長崎市内の病院で亡くなっていたことが12日、分かった。90歳だった。 佐田さんは昨年10月に体調を崩し入院。12月に入り意識不明の状態が続いていた。さだは仕事の合間を縫って病院を訪れ看病し最期を看取った。 葬儀は12月12日に仙台で行われたチャリティーコンサート後の13日、長崎市内の寺院で密葬で行った。関係者によると、さだは12月に全国6都市での恒例のディナーショー、大みそかに国技館で行われたカウントダウン・コンサートなどがあり、故人の遺志もあって、発表しなかった。 いつかコンサートでさだまさしが言っていた。 「親父は雅人、雅な人と書く。僕は雅を志すと書いて雅志。ね、もう名前負けしてるんです」と。 あの時代、1960年代に長崎から東京(新幹線の博多開通は1975年。よくネタにされているが、当時急行「雲仙」は23時間30分で東京~長崎間を結んでいた。飛行機など推理小説のオチに使われるほど希少な存在しかないことを考えると、今で言うと海外留学以上に感じる距離感だと思う)へ中学生になったばかりの息子を一人暮らしさせることなど誰が考えただろうか。それも、決して安楽とは言えない生活の中で、「ヴァイオリン」という楽器に息子の夢を託すことなど、相当の決断が要ったことだろう。 だが、「彼」はそれを断固として行った。 もしも「彼」がそれを行わなかったら。 もしかしたら、「さだまさし」は生まれなかったかもしれない。「さだまさし」は、「佐田雅志」としてでひっそりと暮らしていた可能性すらある。 一生忘れられない青春のあの時期、「さだまさし」は確かにシャオと共に歩んでいたのだ。そして色々な人と知り合い、色々な人と別れた。「さだまさし」がいなければ、シャオの人生は全く違ったものになっていた筈だ。 東京時代、コンサート会場の入り口で、笑っている男性の姿を時折見かけた。「佐田雅人」と名札を付けて笑っておられた紳士。もちろんシャオは言葉を交わしたこともない。ただ、「意外に小さな人なんだな」という感想と、「この人がいなければ、佐田雅志は存在しえても、『さだまさし』は生まれなかったんだ」という素朴な感動を覚えたことがある。 自分の息子の才能と夢を信じて、それを全力で後押しした「彼」。やがてその息子は、「シンガーソングライター」という職業につくことになる。 その職業がどれだけ偉いのか、希少なのか、シャオは判らない。 ただ、たった一つ言えることがある。 「さだまさし」のおかげで、救われた人間が最低一人はここにいることだ。 勿論、本人の才能や努力もあったのは間違いがない。だが、だからといって、そのバックボーンとなっていた「彼」の存在を過小評価することもないだろう。 佐田雅人さん。あなたの息子さんに、シャオは救われたことがあります。笑顔を頂いたこともあります。たくさんの大事な人と巡り合わせてもらいました。そしてそれは、「あなた」がいないと決して存在しなかった瞬間でもあるのです。 本当に、ありがとうございました。 心よりご冥福をお祈りします。
by shaonanz
| 2010-01-13 21:41
| 日記
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