shao的場末雑感:弥生 薫
2022-11-28T22:24:10+09:00
shaonanz
シャオ:197×年生まれ。♂。ゆる~く参ります。日々の瑣末な日常ネタなど。
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仲間の噂じゃ誰にもつかまらないって 抱きしめたつもりでいてもどこかにいるらしい。
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2012-08-27T23:36:00+09:00
2012-08-27T23:49:37+09:00
2012-08-27T23:36:16+09:00
shaonanz
弥生 薫
ああ、そう言えば―と、煙草に火をつけながら薫は思う。確か、こないだ出た、ベスト・アルバムにリミックスバージョンが収録されてたな―。文化祭のラストダンス、放送部あたりのサブカルチックな奴がさっそく流したに違いない。したり顔でその場を仕切って満足してることだろう。ご苦労なこった。
窓を全て開放していれば、虫の声と一緒に秋の風が吹き込み、カーテンを膨らませる。現在吸っている煙草の匂いぐらい消してくれるだろう。もっとも、それを差し引いても、わざわざ電気をつけて、校庭とは逆側にある校門を見ているのは、薫のウンザリするほどの社会不適応さを示すものだった。
弥生薫。17歳。彼にとって、人生とはまだ暗闇の中だった。
*
詰襟の黒学生服。衣替えすぐに始まった文化祭では暑くてたまらないのを、カラーまで付けたうえ校章着用、襟を締めたスタイルで細身の体を包んだ薫は、ふと苦笑する。この学校は、髪型や服装検査は妙に厳しいくせに、服装を正規にしている生徒にはやたら甘かった。制服を着崩さず、髪は襟足が少し長い程度、銀縁メガネでもかければイヤミな優等生そのものの姿でありながら、手にした赤いラークの箱で全てをぶち壊しにしている。女性的な指で、武骨なジッポのライターを握っている。かちゃ。意味もなく蓋を開け閉めして金属音を鳴らしていると、部屋に飛び込んでくる人影があった。
「おーい! ………なんだ、弥生かよ」
同じ黒の詰襟学生服だが、こちらは第二ボタンまで全開にしている。長めの前髪が片目を覆っている。背は弥生より小さいが、体の幅は同じぐらいだ。こいつには、柔道の時間にいつも投げられてるよな、と薫はつまらないことを思った。
「なんだはないだろう。他人の部室に来て第一声がソレか?」
とりあえず返してみる。面倒くさいのだろう。口からぶら下げた煙草はそのままだ。
「文芸部だろ? 文化祭に参加しろ。だいたい、部室で煙草はよせって言ってるだろ?」
「そのために、風紀委員長のお前がいるんじゃないか。何のために全員一致でお前を風紀委員にしたと思ってるんだ。生徒に甘く、教師に厳しく。お前ら生徒会のポリシーってもんだ」
「勝手な標語を作るな。ああ、それはいいんだ。高梨を見なかったか?」
薫は肩をすくめる。
「高梨? 廊下を三歩歩けば男が一抱え釣れる奴だぞ。まして今は、文化祭最終日、イベントはラストダンス。どいつもこいつもテンションはハイなはずだ。彼女が目立たないわけがない。今頃どっかで告られてんだろ。 本日通算4回目ぐらいの」
小柄な男は髪をかきむしりながら叫んだ。
「ああもう!お前と話すと気が抜ける!高梨を見なかったかと聞いている!」
「だから見てねえって。用があるなら明日にしてやれよ色男」
「アホか! お前みたいな参加者と違ってな、生徒会には文化祭を運営する義務があるんだよ。ダンスの最後は、ミス・杯野口高校である高梨香織がパートナーを指名して一気に盛り上がる予定なんだ!」
「あの企画ホントにやったのか。人権無視だ。田嶋陽子が聞いたらダイナマイト持って殴りこんでくるぞ」
「お前投票してないのか?」
「企画の存在自体知りませんでした」
「……ったく、お前は…。まあいい。とりあえず、高梨を見たら、すぐ校庭のステージに来るよう言ってくれ」
あわただしく、小柄な男は身をひるがえした。時間の無駄を悟ったのだろう。その通り。薫はしっぽを出す気はなかった。
「だそうだが」
薫は、出入り口を見たまま、後ろの窓に話しかける。窓を開けた外から心地よい風がカーテンを膨らませ、その中に、人一人ぐらいは隠すことができる。咄嗟の処置だったが、手にしたタバコも小細工ながら、目をそらす役目は果たしてくれたようだ。
「さんきゅ」
カーテンの陰から、髪をポニーテールにした紺のブレザーの女生徒、高梨香織が出てきた。
「一応、仰せに従いましたが。そんな事情なら戻った方がいいんじゃないのか。斉藤、マジだぞアレ」
「あたしが? 勝手に写真張り出されて番号付けられて選んでいただいてありがとうございましたって言うの? あたしは競走馬じゃないのよ。オッズは釣り上げればいいわ勝手に。支払われるかどうかわからない馬券を買うのは莫迦よ」
どすん。そんな感じで薫の机の前に座る。
「弥生くん、煙草なんか吸うの? 初めて見たんだけど」
「吸わないよ」
「へ?」
「こりゃ、顧問の滝口の煙草だ。高校生がジッポのライターなんか持ってみろ、目立ってしょうがない。だいたい、煙草を吸いたけりゃ部屋で吸えばいいんだ。わざわざリスクを犯して学校で吸う意味が分からん」
そう言うと、薫は備え付けの灰皿に煙草をすりつぶして、教卓の裏に煙草とライターを放り込んだ。
「咄嗟にあたしを庇ってくれたってわけ? ありがとうって言うべきなのかな」
「言っていただければ嬉しいが、強制はしないね」
薫は肩をすくめると、立ち上がったまま香織を見つめた。
「で? 何の用だ?」
「あたしが? 弥生くんに? なんでそう思うの」
挑戦的な香織の視線に、薫は少なくとも表面上は動揺せずに答えた。
「ここは校庭から真逆の位置にある。さっき斉藤は、『高梨を見なかったか?』と聞いた。逆に言えば、奴は『見失った』んだ。見失った、ってことは『途中までは見てた』ってことになる。多分、ミスなんとかの扱いでウンザリしてた高梨は、校庭から抜け出したんだろうな。そこを、斉藤に、見られた」
「まあ当たりね。で、それが弥生くんとどうつながるわけ?」
「この部室と校庭の間には、校門があるんだ。高梨が本気でその扱いに辟易したのなら、校門から出て帰ってしまえばいい。それをしなかった、ってことは、この部室棟に用があったんだ」
「なるほど。単に電気が付いた部屋に飛び込んだ可能性は?」
「高梨が、暴漢に襲われてるならそうだろうな。とりあえず人の目が欲しいだろう。が、今の高梨の立場は逆だ。ただでさえ目立つ高梨が、下手な人間がいそうな部室に入るわけがない。男ならさっきの斉藤と挟み撃ちだろうし、女なら、庇ってくれるかもしれないが光速の速さで噂になるだろうな。『高梨はミスコンテストに選ばれたのに逃げ出した』ってね。そんなリスクを犯すなら、無数にある部室のどこかに隠れてやり過ごせばいい。そうせず、まっすぐに高梨は文芸部の部室に来た。そして、文芸部長は俺だ。Q.E.D」
「大した名探偵振りね」
「後付けだよ」
「は?」
薫は、皮肉に笑った。
「この時間、このイベント、このタイミングで、部室にこもってる陰気な男は、この高校で俺ぐらいだろう。結論が出てる議論ほど、説明が容易なものはない」
香織は大きく笑った。
「なるほど。それは理屈だね。参りました」
「参りました、はいいんだけどね。何の用かと聞いているんだが」
きっ。そんな感じで香織は薫を睨む。
「あたしが、今日、何人のオトコに告られたと思う?」
剣のある顔に、薫は少し苦笑する。男に告られてこんな顔する奴はこいつぐらいだろう。美人には美人の辛さがあるって奴か。
「4人ぐらい?」
「8人よ。一時間に1回は口説かれたり告られたり。将来自慢できるわね」
「羨ましい限りで」
「皮肉? ええ、あたしに告る人だから、それはそれは豪華絢爛なメンバーよ。明日になったら、あたしを恨む女の子が先輩・同級・後輩合わせればクラス編成できるかもね。ただ、皆さま、あたしを猫か何かだと思ってるのよ。可愛くてふわふわで、喉を撫でたらごろごろ鳴くとでも思ってるのかしら。その美猫さまに、誰が鈴を一番最初につけるか競ってるのが見え見え。じゃなければ、なんで判を押したみたいに、今日の文化祭に合わせてくるわけ?」
それは厳しすぎるだろう、と薫は考える。中には真剣に告った奴がいないわけでもあるまい…と思って肩をすくめた。確かに、告白の舞台という意味では、今日のようなイベントデーは最高かもしれない。が、香織と付き合うことは、すなわち、高校で一番の美少女と付き合うということで、全校生徒の好奇の目を一身に集めて、それに動じない力がいるのは確かだ。文化祭で浮かれて告るような真似をすれば、その後の「おつきあい」がやりにくくなる…彼女は言ってるのだ。そこまで気を回さず、ただ、告白のステージにテンションを合わせてくるような男はそれだけで失格だと。それはそれで慧眼と言うべきものかもしれない。17歳の女子高生の身の丈に合っているかはともかく。
「話が見えなくてすまんな。高梨のモテっぷりは今に始まったことじゃない。それを確認したとはしよう。で、俺に、何の用なんだ」
「判んないかな」
香織は、にやりと笑って言った。
「あたしも、猫に、鈴をつけにきたのよ?」
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夢は人の心に必ず残るものよ。指から水はこぼれても、掌には滴が残るわ。
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2011-03-22T20:46:00+09:00
2022-11-28T22:24:10+09:00
2011-03-22T20:46:36+09:00
shaonanz
弥生 薫
僕の横で、彼女は笑って言った。
「うーん。弓道部に入ろうかと思ってるんだけど…」
そう言って、僕は戸惑った。僕が入った高校は、何の因果か相当な進学校で、しかも僕は彼女と違って補欠で入学している。しばらくは見合わせておこうと思っていたのだが。まるで心を読んだかのように、彼女は笑う。
「そうだよね。同じ中学から進学したのってあたし達だけだし…ねえ?」
「へーへー。学年1位とご同道させて頂き恐悦至極に存じますよ」
僕の軽口に反応するように、ポニーテールの髪を彼女はひと振りして、鞄を抱え直す。さすが進学校。入学初日だと言うのに、中は学校指定の参考書ではちきれんばかりだ。来月の授業料とともに、法外な「参考図書代」が親に突きつけられ、当然の帰結として僕の小遣いは激減することになる。参考書の殆どは、苛烈な受験戦争をくぐりぬけてきた僕らからすればマイナーな出版社のものばかりだ。小さな癒着ってところか。やれやれ。
「まあまあ。とりあえず入学を寿ごうではないかな? あー。あたし喉乾いちゃったなー」
「いい根性をしてますね。その計算高さが数学と理科の高得点の秘訣ですか?」
僕は肩をすくめ、自動販売機にコインを入れる。彼女の苦手な炭酸系を避けて、オレンジジュースの缶を手渡す。自分にはコーラ。まあ、いいさ。たまにはね。
「んっ、おいしー」
猫のように満足げに微笑むと、彼女はジュースを掲げて言った。
「お礼に、クラブが決まるまでの間、放課後、図書館での勉強に付き合ってあげよう。
光栄に思いなさい? 現役女子高生のつきっきりコーチよ♪」
「現役男子高校生に言っても人口に膾炙しないと思いますよ。利美さんのコーチですか。
ぞっとしませんね。かなり怖いことになりそうだ」
「大丈夫よ」
彼女は、にっこり笑って僕の腕をとった。
「あたしは、彼氏には従順ですから」
コーラを口から噴き出したからって、誰が責められる?
☆
というような夢を見た、今朝の俺を誰か殺してください。
夢ぐらい普通に見れんのか俺。ドリーマーにもほどがあんだろ。何が「僕」だ。
それでいて、「今日は一日良い日かもなぁ」と思っている我輩の人生どうよと。
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君がいた春の日
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2010-03-18T21:30:00+09:00
2010-03-18T21:32:57+09:00
2010-03-18T21:30:28+09:00
shaonanz
弥生 薫
ふむ。こうしてよく見ると,ハンサムって言えないわけじゃないのね。
ロングシートの中央線。橙色の快速電車に揺られながら,あたしは,すぐ横に座っている彼の横顔を見つめる。今年の春,西日本から上京してきた彼。平日昼間,4時過ぎなんていう半端な時間に乗っている乗客たちはまばらで,ロングシートでも目を上げれば,対面の乗客の頭越しに景色が流れるのが判る。彼は,いつものようにその車窓から流れる風景…そう,彼にとっては,まさに「風景」なのだろう。あたしにとっては見慣れた「光景」でしかないのだが…に目を奪われてる。
少しぐらいスネてもいいかな。大学に入って2ヶ月ちょっと,同じサークルで同じ電車の沿線に住んでいる「彼」とは,週に2~3回は帰りの電車が一緒になる。サークルの新歓コンパで,好きな女の子のタイプは?という質問に,大声で「ミニスカートが似合う子です!」とほざいた馬鹿。
その幼児的な思考と屈託のない笑顔に比して,実年齢は20歳過ぎてると知ったときにはびっくりしたものだ。あたしは8月生まれだからまだ18歳。あたしが高校1年生の時に高校3年生だったのかあ。本来なら敬語を使っていてもおかしくないのに,「彼」は,驚くほど自然に「年下の同級生」「年下の先輩」に馴染んでいた。
それが天性のものなのか,あるいは意識しての所作かはあたしの知ったことじゃない。知ったことじゃないんだけど,ええい,今日のあたしは膝上のミニなんだよ! 少しはなんか言ってくれてもいいんじゃないか? 母親に「今日はデートなの?」みたいなことまで言われたんだからな? 風景に見とれる前に見るもんがあるだろうよ。自慢じゃないが,あたし,スタイルはそこそこよい筈なんだけどね? いやまあ,マジマジと見られたらそれはそれで引くけど。
あたしの念力が届いたのか,彼の視線があたしの方に向く。つん。わざと軽く横を向いてやる。少し戸惑ったように,彼は口を開いた。
「……山,ないんだな」
「え?」
あまりに意表をつく台詞だったので,スネようとかどうとか言う前に素の声が出てしまった。
軽く,細い指(にくたらしい!)で額をこすりながら,彼は言葉をつむぎだす。
「いや…地理で習ったから,知ってはいたんだ。関東平野が日本最大の平地だって
ことは。ただ,なんというか,こうまで平野がつづいて,電車の窓から思いっきり遠く
へ,それこそ地平線のように家が並んでるのは…圧巻というかなんと言うか…
それに,日の光」
「おひさま?」
「そう。俺が育った場所じゃ,この季節、4時って時間は『昼間』なんだ。すくなくとも,
夕方じゃない。だけど…」
「ま,ね。あたしは東京(ここ)で育ってるから,何てことないんだけど。びっくりする
かもね」
平静に話しているようだけど,あたしもびっくりしたのだ。あれは確か入学してすぐだったと思う。彼が「東京の昼間は短い」と主張したことがあるのだ。その時は,飲み会の席だったこともあって流したんだけど,家に帰ってきまぐれで理科年鑑を開いて驚いた。確かに,彼の住んでいた町と東京(ここ)では,日没が最大で1時間以上違うのだ。実際,今,車窓から差し込む光は,斜めに影を作る夕暮れの雰囲気をかもし出している。
「日本に時差はないはずなんだけど,体感時差ってのは絶対あるよな」
「まあ,それはねー。しっかし,そんなんじゃ沖縄とか北海道とか行ってたら
どうなってたのよ君は」
「それはそれで割り切れるような気がするんだよな。ただ,同じ本州で,しかも
下手に情報として東京のことを知ってるとね。小説や映画やドラマの舞台って,
たいてい東京だろ? 街中で芸能人みたりするとすごいなあって素直に思うわ」
「一応首都だし,マスコミなんて東京一極体制なんだから当たり前じゃない。
あたしにとっては,逆に電車が1時間に1本しかないとか,道端で手を上げたら
バスが止まってくれる,とか,高校生なのに喫茶店禁止とかの方にびっくりする
もん」
ってか,どうなのよこの会話? 一応さ,これでもあたし,高校時代,結構モテたんだよ? 今まで話してた男の子たちは,二人っきりになるとそれなりに,なんというかこの,もうちょっと甘酸っぱい会話をしてきたりしたんだけど。彼が話すことといえば,ミステリの話,SFの話,法律のこと(あたし文学部なのにっ!)や高校時代の話や…とにかく,とりとめがない。や,勿論,そこはサービス精神旺盛なんだろうな。それぞれの話は決してつまらなくない。っていうか面白い。興味深い。
「……かサン?」
でも。なあ? なあ?
オンナとして見てくれてないのかなあ。でも,その割には,優しい気もするし。あ,もちろん,それは「あたし」だけじゃないんだろうけど。なんというか,この人,絶対女好きだよな。遊び慣れてる? いや違う。そんなんじゃない。多分この人,キスもしたことない。あたしの方が年下だけど,経験値は絶対,上。何の経験値だって? ないしょ。照れちゃうからね。
「……ずかサン?」
っていうか,なんであたし,告られてもないのにこんなこと考えてるわけ? もしかしてあたし,彼のこと好きなの? いや,それはない。ないったらない。高校時代,二股こそかけなかったけどオトコ切れしたことないもんあたし。高校卒業と同時に全部切ったけどさ。
恋愛というのは,あたしにとって,もーちょっとこうトキメクものだ。こんな,部屋の中にあるお気に入りのぬいぐるみみたいに,自然にあたしの中の光景に馴染んでるものじゃないのよ。
「…みずかサン?」
そうよ。恋愛って,もっとこう,輝くもののハズ。そりゃ,おじいちゃんおばあちゃんになったら別かもしれないし,「オトナのレンアイ」ってドロドロした世界があるのも知識としては知ってる。でも,あたし,まだ18なのよっ。こんな…こんな,夕暮れの中央線に乗って,しかも途中,新宿って言う大都会があるのに飲みにも誘わない野暮な人と,呑気に茶飲み話するのが恋愛だなんて,少なくとも「今のあたし」に必要なものじゃないっ。
「水夏さんってば」
「なにっ!?」
思わず荒い声を出してしまった。あちゃ。これはあたしの失敗だわ。別に彼が悪いことした訳じゃない。すぐに反省して…でも,その後の声に愕然とした。
「荻窪。出た」
「え? ウソっ?」
慌てて目を上げたあたしに,閉まるドアが見えた。あたしの家の最寄駅は,ゆっくりと動き始めている。
「……これって,特快…だったよね?」
あたしの視線,ひょっとしたら痛いかもしれないな。
「…吉祥寺まで,止まらんな。まあ,言うても西荻窪一つ通り過ごすだけだし」
「ばかあっ! なんで教えてくれなかったのよ!」
「んなこと言っても。散々声かけましたがな。でも,なんか怖い顔して考え込ん
でたし…」
こ,怖い,だと? こ,このっ,どうしてくれよう。この複雑な乙女ゴコロを、選りによって「怖い」だと? ああ教えてやりたい。考えてたのは,他でもない,あんたのことだぞっ!
「水夏さん,それこそ俺の実家じゃないんだ。この時間,吉祥寺なら5分と経たず
に電車来るよ? そんな終電逃した子犬みたいな瞳されても」
あんたは終電逃した子犬を見たことがあるのか。
「……真紀」
「へ?」
「サークル内の取り決め。同級生同士はファーストネームで呼び合うって決まり。
薫くんだけ,守ってない」
まったく変な決まりがあるものだとは思うけど。
「いや…,苦手なんだよ,女の子を名前で呼ぶの。名字プラスさんってのが一番
やりやすい。できれば,見逃してくれると嬉しいんだが。高校時代の彼女ですら,
俺,名字で呼んでたし」
こ…この上,高校時代の彼女を引き合いに出すかっ! ぷちん。あたしの中で、何かが切れた。
「……飲むわよ」
「はぁ? あの…まだ4時なんですが。それに,今日は木曜日で,明後日はサーク
ルの例会で,その後お互い死ぬほど飲まされることになってるんだけど。うちの
サークル,飲み会だけ超体育会系じゃん。男女の区別ないし。いつか人死にが
出ると…」
「いいのっ! もー乗り過ごしちゃったし。このまま帰るのもなんか悔しい。確か,
薫くん,武蔵境だっけ? 近くに雰囲気のいいバーがあるんでしょ? 連れてって」
「今の時間じゃ空いてない」
「だーれーがー今からバーに行くって言ったのよ。お腹も空いたし,どっか夕食の
アテぐらいあるでしょ? なけりゃ,薫くんの家にあがりこんでおにぎりでも作るわよ」
「おにぎりて」
くっくっくっ。そんな感じで薫くんは笑う。
「はいはい。まあ今日は幸い持ち合わせもありますし。ご一緒願いますか。
中華でいい? エビチリがバカうまの店があるんだけど」
「許すわ。それから,武蔵境までの乗越賃,薫くん負担だからね!」
「心得ております」
苦笑。そう表現するしかない表情で彼は笑う。うん,言ってるあたしも顔から火が出そうなのを必死で抑えてる。控えめに言って,今のあたしの言動は滅茶苦茶だ。逆ギレもいいところ。だいたい,たった2ヶ月前には,お互い会うなんて想像もしてなかったのだから,「友達」というカテゴライズすら危うい。
いやまぁ,薫くんも言ってたみたいに,うちのサークル,やたら体育会系気質で,毎週(毎日?)のように飲みがあり,それこそ「飲まされる」1年生同士,お互い醜態は晒すわ皆でザコ寝のお泊りはあるわ先輩に急襲されて拉致られるわ,濃い2ヶ月だったのは間違いないし、連帯感はあるからそう呼んでもいいかな。
でも。
あなたは友達。今日までは友達。
でも,その先は? その後は?
いつか,あなたが,私の名前を呼んでくれる日は来るのかな?
そして,私は,その日が来ることを望んでるの?
判らない。だから。だから。あたしは,今日,薫くんと一緒にいよう。明日なんて明日のコト。今日はとことん、彼を見てみよう。そして彼に対する「あたし」を知ろう。
三鷹を過ぎると,ぐんと風景は緑が目立ってくる。もう,降りる駅はすぐそこ。電車が減速するのを体で感じながら,あたしは,彼の横顔を見つめる。彼は意図しているのかいないのか、軽く私を眺めながら笑っている。どこか人懐っこい猫のような顔を、あたしは、もう少し見ていたいと思う。
恋をするのは初めてじゃない。でも,この初めての気持ちを名づけるなら。
きっとあたしは、こう名づけるだろう。
「初恋」と。
respect to Oku Hanako 「Hatu-koi」
This story: it is in Tokyo of 1991.
The transportation condition etc. conform to a situation at that time.
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おまけ:銀色の季節~美幸さんのつぶやき
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2009-03-31T22:31:00+09:00
2009-03-31T22:33:20+09:00
2009-03-31T22:32:42+09:00
shaonanz
弥生 薫
はふ。
あたしは、パジャマ姿のまま、軽く伸びをして椅子から立ち上がった。6畳の部屋にはベッドと机、それから置き台代わりのコーヒー樽を半分に切った家具がおいてある。
まったくもー。合格証書と一緒に課題まで渡さないでよね。しかも大量に。結局、受験から解放された筈の高校入学前の春休みは、辞書や参考書と首っ引きになってしまった。
すっかり冷えてしまったコーヒーマグを持ってキッチンに行く。中身を捨てて、新しくコーヒーを入れようとしてふと躊躇。もう夜も更けた。家族が寝静まった家はとても静かで…月の光がキッチンの向こうのリビングに差し込んでるのが見える。課題も終わったし、コーヒーはよくないかな。
コーヒーの代わりにミルクを入れて、電子レンジにマグカップごと入れて加熱。ホットミルクにすると、あたしはマグカップを抱えて、月の光の中に座り込む。
パジャマの袖口に、染みが残ってる。やん、これお気に入りなのに。話に聞いたところでは、あたしは卒業式の夜、ワインをた~っぷりと飲んで帰ってきたそうだ。そしてパジャマに着替えた後、コーヒーを飲みたいとワガママを言い、あげくちょっとこぼして熱い熱いと騒いだらしい。全てが伝聞系なのは、あたしにはそんな記憶はこれっぽっちもないからで…次の日、痛む頭を抱えてもうお酒はやめようと誓ったものだ。15歳の花も恥らう乙女には似合わない誓いかもしれないけれど、事実なものはしょうがない。
問題は、母親が「弥生君のところに謝りにいきなさい!」と菓子折りを押し付けてきたことだ。どうもあたしは弥生くんに送られて…というより殆ど背負われて…帰ってきたらしい。彼には心から同情する。うちはマンションの4階で、4階建てのマンションにはエレベーターというものが存在しない。あの華奢な体で、あたしを背負って階段を上がるのは大変な苦労だっただろう。謝りに行ったとき、彼は苦笑して「だからワインは飲まないでくださいって頼んだでしょう?」と言ったものだ。彼が敬語を使うのは、不機嫌な時か照れ隠しかどっちか。どっちだったんだろう? 常識で考えれば不機嫌になられても仕方がないと思うけど。でも。
彼はあたしのことが好きだったらしい。中学校1年生のときに、それも噂で聞いただけだから確かなことは知らないし、実のところ知るのは嫌だった。だって、もしもそうなら、彼はそこらへんにいる男子と一緒になってしまう。
あたしは、どうも「美人」らしい。それに気がついたのは小学校高学年の頃だった。全然自慢にならないと思う。あたしがこの顔で生まれたことに、あたしは一ミリグラムも努力を払っていない。それは親の遺伝子を受け継いだだけのことで、「あたしという存在」とは実際のところ、かけ離れたものだった。
この外見のお陰で得したことがないとは言わない。ううん、多分贅沢な悩みなんだろう。だけど、実際しんどいもんだよ? よく判らない男子に家の前で待ち構えられたり、電話がかかってきたり、下駄箱に手紙が入ってたり…。気持ちを伝えるなら、せめて最低限の人間関係ぐらいは作ってほしいと切に思う。そしたら、あたしがそんなアプローチに心底うんざりしていることは判るはずなのに。殆どの男子は…中学校3年間だけでも2桁はいる…むき出しの感情をそのままぶつけてきたのが大多数だった。引きますよそりゃこっちは。
こくん。暖かいミルクを口に含む。
中学校2年生が終わるまで、あたしはよくこうやって、月の明かりの中でコーヒーを飲んでいた。それは大抵、男の子をフッた日の夜で…それなりに悩んだものだ。まして、そのフッた男の子が結構女子の間で人気のある男の子だった日には、次の日問い詰められたりしたもんだから二夜連続徹夜とか。ただ、コーヒーを飲んで考えていた。あたしが何をしたんだろうって。男の子を傷つけた? うん、そうかも。でも、それじゃむき出しの感情をぶつけられたあたしの心は傷つかないの? それとも、あたしを問い詰める女の子達が言うように、あたしが「思い上がってる」の?
そして。中学校3年生からは、気がつくとそんな夜がなくなってた。
一番の理由は、やっぱり弥生君との関係なんだろう。傍から見てても変な関係だったと思う。彼と中学校3年生で一緒のクラスになったときは、最初は身構えたものだ。だけど彼は、どう見てものんびりと、あたしと接していた。それはこっちが気を張って対応するのが馬鹿馬鹿しい位にのんびりと。まるで小学生のように屈託のない笑顔で彼は私のたわいもない話を聞いてくれた。授業で判らないところがあれば彼に聞いた。あれだけ警戒していたのに、ふと気がつくと二人で市内まで遊びに出たりもしていた。
でも、彼は何も言わなかった。あたしも、何も聞かなかった。
はっきりさせたくなかった。だって、はっきりさせると壊れちゃうもの。あたしは、まだ人を「好きになる」という感情が判らない。あまりに色んな人の気持ちを投げつけられたことで、感覚が麻痺してしまったんじゃないかと思うこともある。弥生君に対しても、特別な感情は抱けなかった。
だけど、彼は少なくともあたしを責めはしなかった。それでいて、あたしを支えようとしてくれた。そんな人が独りでもいる、そう思うだけで、月夜の徹夜の回数はどんどん減っていった。
彼に下心がない、といえば嘘になるのかな。そうかもしれない。見返りを求めない愛なんてまるで宗教だ。まして男女の仲でそれはないと思う。彼は「徹底したリアリスト」だそうだし(あたしに言わせると、「徹底したリアリストに憧れてるロマンチスト」だと思うんだけど)。ただ、彼のその殉教者めいた言動は、あたしに何の見返りも求めておらず、あたしはそれに甘えた。利用した。……嫌な女。
こく。もう一口ミルクを飲む。
彼は今どうしてるんだろうか。もう寝てるかな。さしもの彼も、この課題の量の多さには閉口していると言っていたから、まだ勉強してるかもしれない。カーテンを開ければ、うちのマンションから彼の家はちょっとだけ見える。その誘惑にあたしはちょっとだけかられたけど、慌ててそれを押さえ込む。
もう、ミルクを飲んで寝てしまおう。徹夜を続けると授業中眠くなるというのは、あの頃でよく学んだのだし。夜が明ける度に、新しい世界は作られ続ける。だからずっと起きて悩んでちゃいけない。世界と世界の狭間に飲み込まれるぞって教えてくれたのは彼。……なにがリアリストなんだか。
カップをシンクの中に置き、ゆっくりと自分の部屋に戻る。壁にかけられたハンガーには、紺色のジャケット、同じ色のスカート。白いシャツに赤いネクタイ、千鳥格子のベストという、この付近の子達ならまず憧れる制服がかかっているのをちらりと見て、ゆっくりとベッドにもぐりんで目を閉じる。
願わくば、あたしの新しい世界が、輝きに満ちていますように。
明日、あたしは高校生になる。
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6.銀色の季節~preparation
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2009-03-17T18:37:00+09:00
2009-03-17T18:44:03+09:00
2009-03-17T18:36:50+09:00
shaonanz
弥生 薫
1.銀色の季節~prologue
2.銀色の季節~砂の時計
3.銀色の季節~無形の檻
4.銀色の季節~傷ついた翼
5.銀色の季節~瞬きの数の偶然
何がきっかけだったんだろう,と薫(かおる)は思い返すとおかしくなる。どうみても武装中立以上の関係ではなかった二人が話し始めるのに,どんなきっかけがあったか覚えていないというのも妙な話だ。
マンガや小説だと,色々あるんだけどな。遠足の最中に山で取り残されるとか,不良に絡まれてる美幸を助けるとか(逆のパターンでもいい),雨の中子猫を助けるシーンに遭遇するとか。もっとも,と薫は考えを訂正する。今の家ではすでに猫を飼っており,あの駄猫では今ひとつ感銘を受けないだろうと。
とにかく,初日にはそこだけ土砂降りの雰囲気を漂わせていた二つの席は,徐々に雨足が弱くなり,そして曇り空の時が増え,時には陽射しが射すことがでてきた。
案外,そういうものかもしれない。未来というものは突然現れるのではなく,毎日の退屈な繰り返しの中で徐々に形成されていく,うすぼんやりした時間を過ごすことで生まれてくるものなのだ,と薫は理解したような気がする。勿論,薫にとって努力を要さなかったわけではない。ただ,授業中居眠りをしている美幸をさりげなく起こしたり,突然当てられて答えに詰まる美幸に小声でサポートしたり,休み時間に他愛のない話をする役,というのは努力というよりは楽しみの分野に属していた。
もちろん,ひとつだけ徹底したのは「美幸を性的あるいは恋愛の対象としてみない」ということだった。彼自身,昔の自分の檻から逃れることはそう簡単にできることではなく,自らの立ち位置を決定するのはそれ以外の立場を求めようがなかった。
そんな薫のことを,美幸は極めて短時間で受け止めていった。それは「若さ」というものの特権かもしれない。自分のことを気にかけてくれる異性の存在を,ごく自然に受け止め,過去の因習にとらわれずに再評価することができたのは,おそらく二人にとって幸せなことだっただろう。土台,狭いクラスの中で角を突き合わせていても誰も褒めてくれないどころかお互い損をするだけだということぐらいは,若い二人でも判ることだった。
6月末の修学旅行,美幸たちの部屋でトランプ遊びに夢中になり教師に見つかりかけて布団の中にもぐったり,定期テスト前には「勉強会」と称して皆で集まってボードゲームをしながらノートを写したりしてる間に,季節は瞬く間に過ぎていった。
物事というのは,うまく弾みがつくと放っておいても加速度をつけて回りはじめる。いつのまにか,薫を中心としたグループと美幸を中心としたグループは,つかず離れず,しかしイベントの度にフラグを立てて回る集団と化していた。体育祭では男女混合リレーのアンカーを務めた美幸は一位でゴールして薫とハイタッチを決めた。文化祭では薫の指揮の下美幸のピアノで賞をとり,クリスマスでは学校での行事をサボり和子の家を占拠してパーティ。仲間の一人が内緒で持ち込んだワインを舌の上で転がした薫は,真っ赤になってけらけら笑い続ける美幸を家まで送っていき,覚悟していた叱責の代わりに大歓迎され…美幸の父親と一緒に酒を飲むという血も凍る時間を過ごした。
自分の思いを告げようと思えば,いくらでも機会はあった。しかし薫はそれを完全に封じ込めることに成功していた。理由は単純で,楽しかったからだ。例え恋人ではなくても,いや恋人ではないからこそ味わえる時間。今はそれを味わう時期なのだと,彼は殆ど本能のように思っていた。それは15歳になるかならないかの彼の,ギリギリの保身行為だったのかもしれない。ありがちな「今のままの関係を失いたくない」という言い訳では補えないほど,薫にとって,美幸の存在は神聖なものと化していた。
なあ,と薫は自分に向かって問いかける。もっと年をとって,誰かに自分の人生のことを語らなければならなければならないことになったら,どこから語り始める? 今からだよな。中学校3年生という至福の時間。味わいたくても,もう味わえない蜜の味。
黄金時代という言葉の意味を,初めて薫は実感できていたような気がする。そして,今日,その黄金時代が卒業のチャイムと共に終わりを告げたことも,ほろ苦いながらも受け止めることができるほどには成長できたのだろう。
傍にいてくれる美幸が,その証(あかし)だ,と勝手に思う。いや,今だけは思うことにする。きっと明日からは違う未来が待っているんだろうけれど,今はまだ,薫にとっては黄金時代だった。
「ねえ,弥生」
美幸が,いつになく真面目な顔で薫を見つめていた。無言で見つめ返し,続きを促す。
「……あたしたち,まだ子供だよね? 子供でいいんだよね?」
唐突な言葉に真意を図りかね,いつものように軽口で誤魔化そうとするのを押しとどめる。
彼女は彼女なりに,この1年間をどう思っていたのだろう。
「子供のままがいいのか?」
質問に質問で返すのは卑怯かもしれない。ただ,薫の言葉は,美幸の言葉の整理に一役買ったようだ。
「嫌よ。子供のままなんて。ずっとこのままなんてぞっとする。早く大人になりたい。
あたしにはやりたいことがたくさんある。でも」
言葉を切って,薫を一心に見つめる美幸。
「あたしにはまだその力がない。やりたいことをやりとげる力が。それが備わるまでは,
まだ子供じゃないと困るのよ。あたしは大人になる。いつかきっと。だけどそれまでは」
つん。
薫は軽く美幸の額を人差し指でつつく。
「それだけ判ってりゃ十分だ。その通りだよ。俺たちはまだ子供だ。だけど,ただの子供
じゃない。【いつか大人になる】子供だ。それが判るようになったのなら,多分,
俺たちの1年間は,それなりにマシだった,ってことだと思う」
複数形を使ったのはまずかっただろうか。ふとそんな思いが薫の中をよぎる。
美幸は,その整った顔立ちで破顔する。
「そうよね。あたしたちはいつか大人になる。そんな当たり前のこと,やっと判るように
なったのね」
向こうの集団から美幸を呼ぶ声がする。多少からかい気味の台詞が混じってるのは,美幸と薫が見つめ合って笑っているように見えるからだろう。卒業式の日に,桜の樹の下で微笑みあう少年と少女。舞台背景は確かにおあつらえ向きだった。お互いの顔は,笑顔,と称するには少し獰猛だったかもしれないが。
「お仲間が呼んでるぞ? 行かなくていいのか?」
「うん,もう行かなくちゃ。卒業パーティには?」
「遅くなるけど行けると思う。ああ,頼むからワインは飲まないでくれ。
君の親父さんとサシで飲むのはもう御免だ」
「じゃあ,薫にはたくさん飲ませてあげるわよ。ったく,なんで未成年
なのにそれだけお酒に強いんだか」
「日々の精進の賜物でございます」
「なんの精進よ。じゃあね」
スカートを翻して立ち去りかけた美幸が,また戻ってくる。
「忘れてた。ハイこれ」
ピンク色の封筒を手にして,笑顔で立っている美幸の姿を,薫は後々まで鮮やかに思い出すことができた。
「…なんだよこれ」
「ラブレターよ。ベタにハートマークのシールで封印してるでしょ?」
「開けていいのか?」
「女の手紙をその場であけるもんじゃないわよ。あたしが3歩離れてからにして。
じゃ,また後で」
美幸が薫から正確に2歩半離れた瞬間,薫はシールを丁寧にはがして開封した。中には1枚の便箋に,美幸の自筆で,しかも普段薫のプリントにイタズラ書をする字体とはまるで違うきちんとした楷書体で文章が綴られていた。あのヤロ,まだ隠し技を持ってやがったかと薫は思う。こんな綺麗な字を書けるなんて知らなかったぞ。
Dear.弥生くん
ほんとにどうもありがとう。
1年間,いろいろなことがあったね。その殆どに弥生君がいるなんて,
自分ながらびっくりしています。迷惑じゃなかったらいいんだけど。
楽しかったよ,この1年間。ひょっとしたら学校生活で一番楽しかったかも
しれない。それも弥生君がいてくれたからだと思ってます。
予言しとくね。
高校,あたしたちは絶対同じだよ。そしたらまた,迷惑かけるかも。でも,
弥生君のこと頼りにしてるから。また一緒に色々なことをしよう。
きっと,だよ。
美 幸
ゆっくりと二回読むと,薫はそれを丁寧に封筒の中に入れなおし,制服の内ポケットに入れる。中学校1年生の夏から2年半。それだけの時間をかけて,薫は美幸にもう一度出会ったのかもしれない。
黄金時代か。
ついさっき,卒業のチャイムと共に思った単語を思い返す。どうも間違った感想だったな。
過ぎ去った日々に黄金時代と名前をつけるほど,まだ人生過ごしてないよな。
薫は頭をひとつ振ると,ゆっくりと歩き出す。そう。黄金時代なんて,いつでも来るし,そして,何回でも味わえるのだ。
じゃあ,今の自分は何なんだろう。過ぎ去った日々に名前をつけるとしたら―
さしずめ「銀色の季節」だな。薫はくすりと微笑う。
金色と名づけるにはもったいなく,銅色とするには輝きすぎている,そんな季節。それを過ごせたことを薫は幸せに感じていた。
遠くから,薫を呼ぶ声が聞こえる。片手を挙げてそれに応えながら,薫は振り仰いで上を見つめた。
とても澄んだ,蒼穹の空がそこにあった。
<FIN>
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5.銀色の季節~瞬きの数の偶然
http://shaoz.exblog.jp/8071853/
2009-03-16T21:27:00+09:00
2009-04-10T22:56:58+09:00
2009-03-16T21:28:23+09:00
shaonanz
弥生 薫
1.銀色の季節~prologue
2.銀色の季節~砂の時計
3.銀色の季節~無形の檻
4.銀色の季節~傷ついた翼
新クラスというのは馴染むのに時間がかかる。
そう説明する女性教師を,薫は他人事のように見ていた。新クラス編成の放課後,窓からは夕日が差し込んできていた。教室の中には6人の男子と同数の女子が居残っている。いずれも,今日のホームルームで「班長」という気の毒な役割を押し付けられたメンツだった。
いいから,早く編成作業に入らせろ。
心の中で毒づきながら薫は担当の教師の顔を見た。今時の中学生が好んでリーダーなんかになるわけがない。「班長」にしても,最初は「民主的」に「立候補による選挙」を提案した教師の思惑ははずれにはずれ,およそ一時間たっても誰も立候補しなかったという体たらく。結局,誰が言い出したのかくじ引きによる問題解決を図り,この12人が生贄として差し出されたわけだ。薫は運悪く当たりクジを引いてしまったのだが,女性側の班長に美幸がいないのをいささかの慰めにしていた。トラウマをもつ身,初日からそれはキツ過ぎる。
男子班長一人,女子班長一人をペアとして男女3人ずつ班員を選ぶ。計8人のグループを今後「班」としてユニット構成し,以って今後の学校生活の行動基礎単位とする…という説明を上の空で薫は聞いていた。普段は「民主教育」「平和教育」と連呼している教師が,いざ自分のクラスの運営となると,途端に軍隊式の序列を持ち込もうとするのは何故なのか。彼らはその辺に矛盾を感じないのだろうかと薫はつくづくと思う。
黙っているのも飽きてきたので,いっそ「班長」じゃなくて「曹長」に名前を変更しませんか,先生は少尉でいいですよと嫌がらせの発言でもしてやろうと口を開こうとしたところ,やっと長広舌に飽きたらしい教師がクラス名簿を取り出したのを見て心の中で薫は言葉を封じる。もう誰でもいいから早く選ばせて帰らせてくれ。
またもや男子の班長と女子の班長の誰と誰がペアになるかを「協議」させられそうになったが,そこはそろそろ下校時間が迫っていることもあり無難にくじ引きで決定した。薫の相手は全く知らない女生徒で,なんの先入観も持ちようがない。いい加減に選んだ男子生徒のリストを見せて相手に確認する。
天然パーマ,細い髪が肩までかかっているのが似合っている細面の女生徒は,自分の名前を「小田和子」と名乗り,薫が選んだ男子リストを見て納得し,和子は女生徒の選択は自分に任せてくれないかと,控えめな調子で薫に頼んできた。
もし,薫が未来を予知する力を持っていたら,いや,少なくとも和子の友人関係を知っていたら,答えは違ったかもしれない。だが,あいにく薫にはどちらもなかった。つまりは「いいよ。好きにしてもらって」という極めて常識的な台詞が口にしてしまったのだ。
そして和子は真っ先に指名した。
「じゃあ,まず,坂上美幸さんを」
そして,翌日。見事に気まずそうな顔が二つあった。ひとつは言うまでもなく薫であり,そして勿論美幸だった。新しい班を発表した教師は得意げに「この班で,少なくとも6月末にある修学旅行終了までは行動する」と宣言し,その気まずさはさらに陰鬱なものになった。マジですかという思いは二人ともあり,そして出来るだけ隣を見ないようにすることで運命にささやかな抵抗をしている。そう,同じ班だけならともかく,席まで隣同士になったのだ。
どうも意地悪な女神だか気のいい悪魔だかは,クジ運というのものを自由に操れるらしい,と埒もないことを薫は考えていた。
(続く)]]>
4.銀色の季節~傷ついた翼
http://shaoz.exblog.jp/8068013/
2009-03-15T21:23:00+09:00
2009-03-16T08:28:37+09:00
2009-03-15T21:24:50+09:00
shaonanz
弥生 薫
1.銀色の季節~prologue
2.銀色の季節~砂の時計
3.銀色の季節~無形の檻
坂上美幸(さかがみ・みゆき)は,その長い髪を一振りすると,薫(かおる)の笑顔と向き合った。軽く敬礼の仕草をして親しげに話しかける。
「何してんのよこんなところで? 一人で詩人気取り?」
「ま,そんなとこかな。卒業式っていうイベントはそうないから。
少しは詩的な気分になっても悪くないだろ?」
「悪いとはいわないけど,暗いわよ?」
そう言って,坂上美幸はにっこりと微笑んだ。そしてそのまま薫の横に並び,ざわめいている卒業生を一緒に見つめる。
「で? どんな気持ちですか名詩人?」
「さあ…ね。そっちはどうなんだよ」
不器用に薫は逃げを打つ。まさかつい先刻まで,彼女に関する最悪の記憶を手繰っていたとは言えない。
「うーん。やっぱ寂しい,かな。この中の何人かはもう一生会うことのない人
もいるだろうし。高校に期待しようにも,まだどこに行くかは決まってないから
実感ないしね」
薫の市内の高校は「総合選抜」というあまり例のない試験方式をとっていた。受験生は共通のテストを受け,その希望と成績によって市内に散らばる6校のうちどこかに所属することになっている。
つまり,試験に受かっても(一応は学区が優先されるとはいえ),下手をすると市内の端の高校に割り振られる可能性もあり,今の段階では受験生は「同じ試験を受けた合格者」という立場でしかなかった。
薫と美幸は,同じグループの試験を受験していた。
「ねえ。なんで修悠高校受けなかったの?」
美幸が少し硬い声で聞く。その高校は,県内でも有数の進学校だった。
まるで何かを恐れているような美幸の声に応えて,薫は努めて軽く受け流す。
「俺が受かるような高校じゃないよ」
「あ,またそんなことを。学年で1位の人間が受からなかったら誰が受かるのよ。
みんな不思議がってたよ?」
「あそこは男子校だからな。女子がいない青春は考えられない」
薫が言い終わると同時に,美幸が笑った。
「本気? そんなことで決めちゃったの?」
「決めちゃったんだな,これが」
自分も笑いながら薫が言う。これでいい。嘘はついていない。ただ,「男子校には美幸が入学しない」という当たり前すぎる事実を言わないだけだ。
「あきれた…。だいたい,薫は勉強は出来るけどいい加減すぎ!
この1年でよーく判ったわよ。ホント,どーしてそうなんだろ?」
この1年,ね。薫は薄く笑う。美幸と過ごしたこの1年間。
中学校3年生のクラス替え。何の期待もなく新クラスに入った薫は,早々に窓際最後列の席を確保し,足をだらりと伸ばし,腕を組んで目をつぶって座っていた。傍目には寝ているように見えたかもしれないが,実は不貞腐れていたのだ。薫(かおる)にとって,中学校2年生で初めて出来た「親友」と(おそらくは意図的に)別のクラスにされ,話す相手すらいない。また一から人間関係を築かないといけないのか,という思いは彼の心をうんざりさせるのに十分だった。「親友」がいみじくも薫を称して言ったことがある。曰く,「あいつは人当たりはいいが協調性はないに等しい」と。
目をつぶっている薫にも,9割がた生徒が埋まっている教室の雰囲気がすこしざわめいたのが判った。誰かが遅刻寸前に滑り込んできたらしい。そろそろ予鈴か。いくらなんでも,この体勢で授業を受けるわけにはいかない。ため息をついて,目を開く。体勢を立て直そうとして,飛び込んできた女生徒と目が合った。
目が合ってしまった。
片手に薄いかばんを持ち,肩口で切りそろえた髪を翻して入ってきた美幸と。
その時のお互いの様子を,実は後々まで二人とも話したりしなかった。片方は昔の嫌な思い出に触れたのかもしれない。そしてもう片方といえば,ただ狼狽し椅子から転げ落ちそうになったのだけは覚えている。
落ち着け。
薫はその時,ただそれだけを言い聞かせた。クラスが一緒なだけだ。50個のビー玉のうち任意の2つが隣り合う確率はどれぐらいだ? 瞬時に計算しようとして無意味だと悟った。何故なら,その時残っていた席はたったひとつ,薫の横の席だけだったからだ。
さすがに気まずそうに,美幸が席に座る。どうやら前の席の女生徒に頼んで席を確保しておいてもらったのだろう。極力横を見ないようにしながら前の女生徒に礼を言っている美幸の声が聞こえた。
今なら薫にも判る。その時二人は,絶対に同じ思いを共有していた。
すなわち「最悪」と。
そして,往々にして,事態というのは当事者が「最悪」と考える斜め上を行くものだと知るのは,次の日のことになった。
(続く)]]>
3.銀色の季節~無形の檻
http://shaoz.exblog.jp/8064743/
2009-03-14T21:56:00+09:00
2009-03-15T21:28:23+09:00
2009-03-14T21:58:15+09:00
shaonanz
弥生 薫
1.銀色の季節~prologue
2.銀色の季節~砂の時計
「はぁ? なんで弥生(やよい)がここに出てくるのよ?」
中学校1年生の夏。何の気なしに通りかかった教室内から自分の名字が呼ばれた薫(かおる)は凍りついた。
視線がクラスプレートを見る。7組。とっさに柱の陰に隠れる。
教室の中では,女子生徒たちが夏休みの補習の後のしばしのお喋りを楽しんでいるらしい。くすくす笑いと音符が飛び跳ねるような会話が交わされている。
「だってー,弥生判りやすすぎ。美幸が運動場とかにいると校舎の窓からずっと見てるし。
用もないのにこのクラスの前とか通るし。家だって近いんでしょ? 美幸の話聞いてる
と異常だよ」
「弥生の家は,わたしの家の近くなんだから会う回数が多いのは当然でしょ」
「どーだか。なんか,家の前で待ってたりしてない? 偶然にしては会いすぎてるって。
どーなのよ美幸は?」
「どうって何が」
「ほら,弥生ってよく見るとハンサムって言えばハンサムじゃない?」
別の女生徒の声がかぶる。
「えー! それはない! あたしパスッ!」
「誰もあんたの事言ってないって。私だってハンサムだとは言ってないわよ。
でも,悪いほうじゃないし。美幸がそのつもりならー」
「……冗談でもそんなこと言わないで」
「えー? でも,好かれてるんだよ? 悪い気しないでしょ? いくら弥生でもさ」
「迷惑よっ! そんな,好きでもない人と噂になるなんて。だいたい,もしホントなら
気持ち悪いよ,そんな尾け回されるみたいな話。もうそんな話しないで」
それ以上,聞くことができなかった。女生徒たちの嘲笑まじりの笑い声を背にして,薫はその場から逃げ出していた。
小学校で同じクラスだった坂上美幸のことを好きになった時期を薫ははっきりと覚えていない。ただ,中学進学時に同じクラスになれなかったことでひどく落胆した痛みだけは思い出すことができる。
初恋という言葉は美しいものだが,それは後から振り返って昔を懐かしむ大人たちの価値観ではないだろうか。13歳の薫にとって,それは始末に負えないやっかいな感情を引き起こすだけの爆弾のような代物だった。「会いたい」でも「会えない」。「会う」ためにどうしたらいいのか判らないし,例え「会えた」としても,何を話せばいい?何をすればいいのだ? 答えを求めても考え付くものではなく,経験から対処しようとするには薫はまだ若すぎた。薫は「自分の心の中に他人が聖域として存在する」ことを認めるのを躊躇い,圧迫しようとした。
だが結果として,薫は中学校に入ると同時に熱病のように美幸の痕跡を求めるようになった。美幸のことになると,普段とはかけ離れた行動をとる自分自身を,冷めた目でみる自分がいた。そしてそれは確かに,名も知らぬ女生徒が指摘したことと同じ行動だったのだ。
これが別のことであったなら。誰に臆することなく薫は会話に割って入り,自分の正当性を声高に主張しただろう。そんな自分が女生徒の会話から逃げ出したのは,自分の行動がすべて見透かされており,それが美幸にとって嫌悪の感情を催させた,という致命的な行動だったことからだけではない。それより,自分自身に対する悪寒のほうが先に立ったからだった。
それ以来,薫の恋愛観はかなり歪な形をとることになった。「自分には恋愛する資格はない」と自己規定することで,恋をした相手から逃げようとしたのだ。そしてそれは,結果だけみれば完全な成功を収めた。あの夏の日の嘲笑は,無形の檻となって薫を包み,絶対的な存在としてのしかかり,彼の行動の自由を奪った。美幸に対しては…もちろん,それは美幸も自重したのだろうが…それ以来ふっつりと音信を絶つことになる。
薫は美幸のことを,自分の心の偶像として痛みを覚えつつ思い出すことはあっても,それ以上の感情になろうとすると,まるで嵐を避ける船のように「逃避」という港にこもるのだった。
中学1年の夏から,中学2年生が終わるまで。薫は恋愛に関する葛藤を,ただ「逃避」という方法だけで乗りきっていった。中にはそんな薫に好意を寄せてくれた女生徒もいないわけではなかったのだが,美幸というただ一人の至高の存在を失った薫にとって,それは何の意味も持たなかった。彼は全ての恋愛感情を封印することで,逆にその事で全ての苦しみから解放されたような気持ちになり…実際のところ,それで救われたような気さえしていたのである。それが度し難い思い上がりであることも知らず。
「やよいっ!」
涼やかなアルトの声が自分の名を呼ぶのを耳にして,薫はつと視線を上げた。その白い肌と大きな瞳,形のいい唇を長い黒髪で彩っている。整った顔立ちに均整の取れた肢体は,15歳という絶妙な時期に彩られ,彼女の表情に「少女」と「女性」と二つの面を見事に調和して顕現させていた。青のブレザーにスカート。青のリボンに白ブラウス,黒のハイソックスという野暮な制服姿さえ,輝きを増すように見える。胸に卒業生であることを示す白い造花が飾られていた。
「やあ,坂上さん」
声をかけてきた「彼女」に薫は笑顔を向ける。
坂上美幸に。
極上の笑顔で。
(続く)]]>
2.銀色の季節~砂の時計
http://shaoz.exblog.jp/8060860/
2009-03-13T19:55:00+09:00
2009-03-13T20:10:39+09:00
2009-03-13T19:55:16+09:00
shaonanz
弥生 薫
1.銀色の季節~prologue
中学時代が平凡なものであったとは言えないな,と薫(かおる)は思う。それは学生の本分,勉学についてだけ言っても平凡ではなかった。中学2年生3学期の薫の席次は512人中498位。劣等生,といったら劣等生集団は、あいつとは一緒にするなというクレームが殺到させるだろう。ところが,今の彼はというと,劣等生などではなく,学年で主席という名誉ある地位を占めているのであった。「民主的」で「成績のみで人間性は評価できない」と考える教師たちのお陰で,卒業生総代という地位は得ずに済んだことが幸いだった。薫などから言わせると,教師に人間性まで評価されてたまるか,というのが本音だったが。
薫にしてみれば「別に大したことはしていない」と思っていたから,悪い気はしなかったが,別に躍り上がって喜んだりもしなかった。単に予習をして,授業をまじめに聞いて,復習をしてみたら成績が上がっただけのことだ。実際,「これで成績が上がらなきゃ俺のせいじゃない」と公言しつつ机に向かっていたのだから,親などに言わせれば可愛げのない性格,ということになろう。本当のことだから,それについて薫は否定する気にもなれない。
自分は他の人間とどこか違う,という認識は小学生の頃から感じていたし,この3年間で立ち振る舞いは覚えたものの,「学校」という組織・生活に心を許したとはとても言えない状態だった。そもそも,薫という人間はおよそ組織というものに向いた人間ではなく,几帳面さや忍耐力という,一般的には美点といわれるものに対して関心が薄いどころか,集団行動というものに対しては嫌悪感すら抱いていたのである。
彼がいわゆる「不良グループ」というものに馴染まなかったのは,単に腕力に自信がなかっただけだった。もしも,腕に覚えがあれば,薫はためらいもなくそれを暴力的に開放し,わずかの間のカタルシスを貪ったことは間違いない。
幸い(と言うべきなのだろう),その自信もなければ,「不良グループの一員」として虎の威を借りるのが性質的に合わず距離をとれば,教師たちは薫を「手のかからない生徒」と認定し放任してくれた。薫にしてみれば,不良グループと同じぐらい教師というものを嫌っており,両者は単に暴力か権力かで押さえつけるだけの違いしかないと思っていたので,放っておいてくれればそれで満足であり,それ以上を求めることはなかった。
貧しい青春って奴なのかな,と自問自答することもある。確かに,中学校2年生の終わりまで,薫にとって世界はモノトーンで統一されていたような気がする。特に,中学校1年生のあの夏からは…。
(続く)]]>
1.銀色の季節~prologue
http://shaoz.exblog.jp/8057658/
2009-03-12T21:40:00+09:00
2009-03-13T19:56:05+09:00
2009-03-12T21:40:20+09:00
shaonanz
弥生 薫
柔らかな陽射しが,薫(かおる)を包んでいた。
黒詰襟の学生服。着崩さずにきちんと詰めたカラーから,男にしては細い首が伸びる。ここのところ,服装検査がないのをいいことに伸ばしていた髪は少し長く,中性的だが険のある顔立ちを,幾分かでも柔らかく見せている。
元は白だったコンクリートの校舎は,長年の雨で黒ずみが目立ち…だがまだギリギリ新設校としての名残を残している。卒業式が終わったばかりの喧騒。青いブレザーと黒の詰襟が校舎の前庭に乱れ集っている場所から少し距離を置き,もうすぐ満開を迎えようとする桜の大樹の下で,貰ったばかりの卒業証書を丸めて放り込んだ証書入れを軽く額に当て,薫は一人でたたずんでいた。
「中学卒業…ねぇ」
軽くつぶやいた薫は苦笑する。卒業。中学時代の終わり。なんと中途半端な区切りだろう。3年前の小学校卒業式の時には,初めての卒業という行事に,ただワクワクとしていた覚えがある。
それすら,今の自分にはない。
今の自分は何なのだろう。大人というには,あまりにも存在が軽すぎ,子供だというには手足が伸びすぎている。この中途半端な感覚。自分の考えが間違っているとは思わないが,かといって絶対正しいと主張するには勇気がいる。隠れて吸った煙草も飲んだアルコールも,一時のスリル以外は何も味わえなかった。
15歳という年齢であれば,いま少し単純な価値観を持ちえてもよかったのだろう。周りの友人たちはそうしているように…当たり前に高校生活に期待をし,去り行く中学時代を惜しんでいるように見える。もちろん,見えるだけで内心までそうだと言うわけではないのだろうが。つまりは,まだ他人の行動を見切るほど経験をつんでいるわけではなく,かといって見えるものすべてが真実だと思い込むほど単純にはなれない、そんな軽い苛立ちが,彼を少しだけ喧騒の中から身を離させたのかもしれなかった。
弥生薫(やよい・かおる)。2週間前に15歳になったばかりの彼は,今日,中学校を卒業した。
(続く)]]>
あなたに好きと言われたい。
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2008-11-21T17:43:00+09:00
2008-11-24T15:38:34+09:00
2008-11-21T17:43:51+09:00
shaonanz
弥生 薫
「会(かい)」の状態のときに無心なんてウソだ。
左腕に弓を持ち、右腕で弦を張りつめ、頬にジュラルミンの矢の感触を感じながらあたしは思う。
少なくとも、あたしは無心になれない。当てたいという気持、当たらなかったらどうしようという不安。そんな気持の他にも、些細なこと…例えば、今日のお昼ご飯のお弁当のおかずはなんだろうとか、リーダーの予習を手を抜いちゃったとか、それから、もちろん、些細ではない「彼」のこと…。
ただ、張り詰めた姿勢で矢を保っていると、そんな感情がだんだんフラットになってくる。そして、一つ一つの別個の感情が、溶けていくように一つの「何か」になっていく。それはまるで、「自分」という存在と28m先にある的しかこの地球上に存在しなくなるような感触で・・・あたしはその感触が嫌いではなかった。
離れた。
その瞬間、矢は真っ直ぐに的にめがけて・・と言いたいけれど、非力なあたしに合わせてある弱い弓では、薄い放物線を描いて的に向かう。少し遅れて、的に矢が突き刺り、的紙が裂ける音が聞こえた。的中だ。
一息ついて、顔を正面にもどし、前にある鏡で自分の姿勢を確認する。まるで大の字を描いているような姿勢。少し右手が下がっているのはあたしの悪い癖だ。矢を放つときにどうしても肩が落ちてしまう。
そのまま弓を倒したところで、入り口近くで立っている人影に気がついた。呑気に缶コーヒーなんか飲まないでよね。11月とはいえ、ふきっさらしの道場、それも朝練なんてのは寒いんだから。
「道場では飲食厳禁よ。弥生君」
「落合ちゃんみたいなこというなよ。もう寒いんだし、こぼしたりしないから」
薄く笑って、髪をかきあげながら道場に上がってくる。学生ズボンの上にジャージという珍妙としか言いようのない格好だけど、それはあたしだってご同様だ。制服のスカートの上にジャージ、おまけに胸当てまでつけているんだから。
確かに、落合君がいたら大目玉だろう。男子正選手5人の中で、唯一中学校時代から体育会系のクラブに所属していた彼は、ことのほか規則・礼儀ということにかけてはうるさい…というより、弥生君がいいかげんすぎるのだ。
「あたしの分は?」
「ハイハイ。これで共同正犯だぜ」
左手でもう一つのコーヒーを差し出してにやりと笑う。あたしは射位から離れて、一端弓を置く。弽(ゆがけ)を外して黙って受け取ると、プルトップを引き抜いた。少しぬるくなったコーヒーでも、暖かいものが駆け抜けていく。身体にも…そして心にも。
外でウォーミングアップは済ませていたのだろう。弥生君は左手に弓、右手に矢を四本持って、まっすぐに射位に向かう。座位は省略するつもりか、上半身を前に倒し、四本の矢を道場の床に置く。その中から一本を選び、立ったまま弓を起こし、矢をつがえる。
弥生君の顔が的に向く。そのまま弓をゆっくりと打ち起こし、大三(だいさん)の形をとると、一気に引き分けた。
さすがにこの時ばかりは、弥生君の目の色が変わり、ぴん、とした雰囲気が道場に伝わる。
相変わらずだなぁ。
あたしはコーヒーを飲みながら、斜め後ろから彼の射形を見つめる。弥生君の射形は上手い方じゃない…というより、はっきり言って下手な部類に入る。特に引き分け。本来、引き分けの場合は下半身は不動、上半身は直立というのが原則なのに、彼の場合は、まるで的に突っ込んでいくように斜めにかしいでいる。それは無心とは無縁の、普段はまるで見せない彼の闘争心が顕在化するようで…上手い下手は別として、あたしは好きだった。
鋭い音がして…これも彼の欠点だ。本来、離れは自然に、静かに矢を放さなければならない…、矢が弓を離れる。男子の中では弱い弓を使っているとはいえ、さすがにあたしとは違う軌跡とスピードで矢は的の左、5cmの土に突き刺さった。
弓を倒しながら、弥生君は大きな深呼吸をした。的の左(弓を引く人間は、この場所を『後ろ』という)に矢が当たる、というのは決して悪い状態ではない。ゆっくりと二の矢をつがえ、打ち起こし・・・そして放つ。今度は当たった。
なぜこの人なんだろう。
あたしは自問自答する。彼とは中学校3年生の時同じクラスで・・・いわゆる仲良しグループの一員だった。やせぎすの身体。よくよく言えばハンサムと言えるけど、絶対に万人受けはしない顔。成績はトップクラスなくせに足も速くてクラス対抗リレーではアンカーを務め…そうかと思えばバスケやバレーはものすごくヘタクソ。本人曰く、『ルールを守りつつ本気を出すという芸当が出来ない』とか言ってるけど、単にぶきっちょなだけだとあたしは思う。
なぜ、この人じゃないとダメなんだろう。
彼から、いっぱい本を借りた。CDも。同じぐらいあたしの本も貸して、CDも貸した。仲良しグループで、いっぱい色々なところに行った。定期テストの前は勉強会。文系は彼が、理系はあたしがみんなを教える感じだった。夏祭りに花火、校庭で焚き火して焼き芋とか焼いたっけ。勿論クリスマスにはみんなでパーティ。内緒で飲んだワインはちょっぴり苦くて、ふわふわして…いくら飲んでも平静を保ってる彼が不思議だった。
成績はトップクラスだったから、絶対に私立の進学校に行くと思っていた彼は、何故か男女共学のこの高校を選んだ。それはあたしの第一志望と同じ高校で…合格した時はホッとしたものだ。また彼を見続けることが出来ると。
それをあたしの親友がぶち壊した。あたしは見てるだけでよかったのに、無理やり自分と一緒に、彼と同じ部活にあたしを入部させたのだ。自慢じゃないけれどあたしの運動神経は「悪い」ではなく「ない」と同じなので、彼が入ったのが弓道部で本当によかったと思う。陸上部なんかに入られたらとてもじゃないけれど一緒にはいれなかった。
「高井さん?」
ふっと気がつくと、彼はあたしの目の前にいた。ちょっとうろたえる。
「はい。これ。」
差し出されたのは、あたしの矢。さっきまで射ていた矢だ。丁寧に先端が拭かれ、土はひとかけらもついていない。
「あ。ごめん。矢取り、してくれたの?」
「なんか物思いに浸ってるみたいだったから。まあどっちにしろ、こっちも8本射たから、取りに行かなきゃしょうがなかったし」
「ありがとう。ね、お願いがあるんだけど」
あたしは缶コーヒーを置くと、また弽を右手に巻き始める。まだ、1時間目までは少し余裕がある。
「ん?」
「ちょっと、射形見てくれないかな」
「俺でいいのか?」
ちょっと憮然とした顔に、あたしは吹き出しそうになる。
「なに言ってるの。それに、弥生君の射形はともかく教え方は評判いいよ。1年生にも好評らしいじゃない」
それは本当だった。自分の的中数でははるかに劣る弥生君が教えた1年生チームが、模擬戦で1位をとったこともある。弥生君は決して自分の射形を押し付けない。教本どおりのことを、判りやすく丹念に、色々な言葉を使って何度も繰り返し説明する。「教師にするには性格的に無理がありそうだけどな」とは落合君の言だ。
静かに射位に立つ。射形を見てもらうためだから矢は2本しか持たない。一本を床に置き、ゆっくりと弓を構える。矢をつがえ、その矢と、その先にある的を見てまた視線を戻す。
しっかりと的を見すえ、できるだけ柔らかく打ち起こす。矢が水平になっているか確認したくなるのを必死で押さえ…それは今は弥生君が見てくれているはずだ…大三の形を取る。
そのまま、矢を自分にひきつけるように引き分ける。矢が自分の頬に当たったところで静止。ぴんと弦が張り、会の状態に入る。
この状態で「無心」なんてできるわけないよね。
そう思って苦笑する。よりによって好きな人に見られてる最中に冷静でいることができる女の子ってどれぐらいいるんだろう。そう思いながら(心の中で)首を振り、的に集中する。
離れた。
やっぱり、見られていることを意識したせいだろうか。矢は緩い放物線を描いて的の右側に外れた。「前に出る」といわれるそれは、「会」の状態でバランスが崩れていることを示す。特に左手の「押し」が少ない、つまり気迫不足と言われてもしょうがない矢だった。
同じようにもう1回。今度は当たった。けれど、的のギリギリ右側。かつん、と音がしたので、ひょっとすると的枠に当たったのかもしれない。
「んー。」腕組みをしていた彼が口を開いた。
「大三が遠すぎる。もっと身体に近くていいと思う。遠すぎるから、早く引き分けようとして胸が前に出て体のラインが曲がって、お尻が突き出すような格好になってる。あと、判ってると思うけど押しが弱い。高井さんの悪い癖。ちゃんと肩から前に伸ばすようにしないと」
「ん。判った。もう1回やるから見ててくれる?」
さらに二本、矢を持って、さっきのアドバイスを心に留めながら注意して射る。一本めは的の直上へ、そして二本めは的の左端にそれぞれ当たった。
「射形は一本めの方がよかったな。ちゃんと押しが利いてた」
「そう?」
「ん。二本目は離れで当てたようなもんじゃないかな。ま、離れについては高井さんの方が俺より何倍も上手だから、言うことはないんだけど」
ああ。どうしてこんな会話をしてるんだろう。
唐突に私は思う。
中学時代は、「仲間」として話をしていた。高校生になって、同じ部活になって、飛躍的に話すことは多くなった。けれど、それは当たり前だけど部活のことばかりで…距離が近くなった分、もどかしさが募っていく。
自分の矢を取って戻ってくると、弥生君は後片付けをしていた。弓の弦を外し、矢を矢筒の中へ入れる。
「もう上がるの?」
「莫迦。もうすぐ予鈴だぜ。俺は上に学ラン着ればいいけど、そっちは着替えなきゃいけないだろ? そっちの分もやっとくから早く更衣室行ったほうがいいぞ」
「ご配慮ありがと。んじゃ、先に上がるね」
「あいよ。また放課後な」
今はこれでいいんだ。自分でそう言い聞かせる。今は「弓道部の仲間」でいい。
もうそんなに長くは続かない、曖昧な関係。もうすぐあたしたちは高校3年生、受験生になる。そうなればクラブどころじゃないだろう。それまでは、傍にいれること、優しくされること、それをずっと受け止めていこう。
多分何かあったんだろうな。更衣室に向かいながら弓道場を振り返る。基本的にサボり魔の彼が朝練に来るのは、心がものすごく動揺したときだ。普段はおしゃべりなくせに、自分の恋愛についてはまるでトラウマのように口を緘する彼。噂ではちょっとだけ聞いている。聞いていて辛い噂だった。あたしじゃかないっこない、美人で性格がいいあの子の話。今は彼とどんな関係なんだろう。時々、校内で話しているのを見かけることはあるけれど。
あたしじゃダメなのかな。もう何回も繰り返し思う。「仲間」としての彼との会話は心地よくて、そして優しい。あたしでそうなら、あの子にはもっと優しい声で話すのかな。それとも違うのかな。
追いかけても届かないのは判っているけれど。今までの彼からの言葉を思い出す。
色々な優しい言葉をかけてくれた。でもあたしが欲しい言葉はたった一つ。
あなたに、「好き」と言われたい。
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永遠の一瞬。
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2008-11-03T20:47:00+09:00
2022-10-24T20:17:49+09:00
2008-11-03T20:48:15+09:00
shaonanz
弥生 薫
「変わってないわね」
彼女は、その細い指でティースプーンをかき回した。アジアンテイストで統一された店内。彼女の前にはチャイ、そして僕の前にはロシアン・ティ。
「30代の男にそれは誉め言葉じゃないな」
苦笑交じりに、僕は流すように軽く言い、改めて彼女を見つめる。細面の顔にやや茶色がかかったロングヘアを後ろで一つにまとめている彼女は、「それもそうかもね」と受けた。
本当に偶然だった。高校時代の同級生と街の大通りですれ違った時、思わず声を上げてしまったのは、それが本当に偶然で・・そして丁度彼女のことを考えていたときだったからだ。
彼女とはクラスもクラブも違った。ただ図書館で、僕がプレヴェールの詩集を読んでいた時に声をかけられたのだ。
律動的な動作で、僕の前に座った「彼女」は、挨拶もなしに、「プレヴェール、好きなの?」と僕に問いかけた。
「いや。よく判らない」と僕は答えて、そして続けた。
「ただ、この詩だけはいいなと思って」
何千年あったって
語りつくせるものではない
おまえがわたしを抱き
わたしがおまえを抱いた
あの永遠のほんの一瞬間は
冬の光がさしていたある朝のこと
パリのモンスーリ公園で
パリで
地上で
天体の一つ 地球の上で
「庭/北川冬彦 訳」
「好きよ」
「え?」
「わたしも。その詩。」
つまりはこんな風にして、僕は彼女に出会った。
彼女は、学年の中でも一風変わった子だった。女子高生、という集団でくくられることもなく、休み時間になると一人で文庫本を読んでいるだけらしい。らしい、というのは僕はそんな風景を見ていないからだ。
彼女にとっての僕は、さしずめ文学対象の雑談相手といったところだったろうか。休み時間、あるいは放課後。僕らは時々話しこんだ。詩のこと。小説のこと。彼女はヴェルレーヌを好み、僕は「モンテ・クリスト伯」を全集で読んでみることを勧めた。
卒業後、多くの人間が進学していく中、彼女の音信はふっつりと途絶えた。
「一瞬は永遠よね」
口元まで運んだロシアン・ティを止めて僕は頷く。まるで百万回も言った様に、僕はその言葉を口に出す。
「パリのモンスーリ公園で」
彼女は歌うように言う。
「地上で」
天体の一つ、地球で。
ああ。そうだ。
この瞬間も、永遠なのだ。
喫茶店のテーブルの上で、彼女に出会う直前に買ったプレヴェールの詩集が日の光に照らされていた。
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